2011-02

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ゆうきまる3歳

昨日は勇希が産まれた日。

勇希は二日間だけNICUで生きたんで、
今日は丸々生きていた日で、明日が命日です。

勇希、3歳のお誕生日おめでとう。

P2180385.jpg


上にこうちゃんとあおちゃんがいるんで、
勇希は永遠の末っ子&天真爛漫な弟キャラのイメージがあるけど、
戸籍上は我が家の長男。

更に、ピコぼうが産まれたんんで、勇希にぃちゃんになるんだねー

兄になって得意げになってる姿が思い浮かぶけど、
私からしたら、やっぱり弟キャラが1番似合うな(笑)


ちょこっと、想い出話など・・・・


勇希とピコぼうは同じ大学病院で産まれたけど、
二年以上経つと、産科やNICUの先生や看護師さんが入れ替わってました。


産科の先生達はチームをローテーションするみたいで、
勇希を産んだ時の病棟でお世話になった女医さん達は、
別チームに替わっていたので、残念だなーと思いましたが、
教授回診の時に顔を合わせたら、ニコッと会釈してくださった先生が一人いて、
自分の事を覚えていてもらったのは嬉しかったです。

もちろん、ピコぼうでお世話になった新しいチームも、本当に良かった。


産科の看護師さんの中で、1番記憶に残っていたのは、
勇希が亡くなった時に、産科病棟からNICUまで車椅子を押してくれ、
退院まで面倒みてくださったベテラン看護師さん。

今回は私の術後当日の担当で、ピコ坊が産まれたのを喜んでくださったのと、
入院中に、ある若い先生の態度にムカついた事件がありまして、
(私、あまり人に腹を立てる事ないけど、本当に怒った!!)
看護師さん達を通して不満を物申したら(!)、他の先生にも伝わって、
「あの時は、よくぞ言ってくれましたー!!」と、賛同してもらえました>^_^<



あと、、NICUでお世話になった勇希の主治医。

私の出産時に、私服で駆け付けて分娩室に入って行ったんで、
その姿を見たうちの旦那さんは、
「妻の分娩室を間違えたよその旦那さん」・・・と思ったんだと。
私は密かに「コトー先生」と呼んでます(名前と誠実な人柄がDr コトーっぽいので)

他の病院も回って休む間もなさそうなくらい忙そうなのに、いつもフレッシュな雰囲気。
今は研究室にいらっしゃるそうだけど、ピコぼう入院中に3回くらい見かけました。
救急隊の人達と一緒にNICUを出入りしたり、たまたま当直だったり。

私が退院の日に夫婦でそろって保育器の前にいたら、
ニコニコと近づいてきて、「カルテで見てますよ。」と声をかけてもらい嬉しかったです。
その光景を、ガラス窓の向こうから見ていた私の母が、
「いい先生だねぇ。本当に良かった。なんか感極まって涙が出そうだった」と言ってました。


最後にNICUの看護師さん。
勇希の時は二日間しかいなかったし、NICUに通ったのも数回で、
看護師さんの顔を見る余裕なんてなかったけど、
GCUで、ピコぼうの担当看護師さんから「こうあおYさん!」と声をかけられ、

「私、こうあおYさんの事覚えているんですよ。
  赤ちゃんに48時間生きてくれてありがとうって言ってたのが、すごく印象的だったんです!」

と言われました。。

えー!??私、そんなこと言ったかなー??と思ったけど、
自分が忘れているような事が、人の心に強く残ってるって嬉しかった。

私にとっては、こうちゃん、あおちゃんと死産二回続いて
勇希が小さくても生きて産まれたのは画期的な事でした。

早産で小さな赤ちゃんを産んだママの多くは自分を責めたり、
保育器の中にいる痛々しい我が子の姿を見て涙するそうです。

私も涙はしなかったけど、
保育器の中の勇希とピコぼうを見て大喜びはできなかったです。
あ~、今日も頑張ってるなぁ。。と、傍で見守るしかない感じ。
勇希とピコぼうが重なって不安だったし、
自宅の電話が鳴るたびに、病院からの呼び出しじゃないかと脅えました。

入院中に一番ノリが合った超明るい看護師さんに言われたのは、
「ここにいる子達は保育器に入って点滴したり、私達からしたら痛々しく見えるけど、
 このこ達が生きる上でこれが必要でお腹の中にいるのと同じくらい普通の事なんですよ」

って笑顔で言われて、ずいぶん気持ち軽くなりました。




次々と想い出が出てきます。
しかも、勇希とピコぼうがごっちゃ混ぜ・・・

旦那さんも私も、時々、ピコぼうの名前を言ってるつもりが、
無意識に「勇希がね・・・」って言ったり、
勇希の話をしてるのに「ピコぼうが・・・」って言ってます。
「今、間違って言ったよ」って教えてあげてり、そのままにしておいたり・・・

こうちゃんも、あおちゃんも、勇希も、
ピコぼうを通して、み~んな、繋がって生きてるんだよね。
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ちょっと羨ましい・・・

義妹のベビーちゃんが、無事誕生しました

予定より早めだったのでビックリ。
義母さんから電話で第一報を聞いた時、とてもうれしかったです。


でも・・・

ちょっと羨ましい。。

というのは、義妹の出産に限らずですが、


普通に正期産を迎えて、赤ちゃんが産まれてくるのを待ちわびるって、
どんな感じなんだろう?

きっと幸せ一杯なんだろうな~って。。


私は、過去4回の妊娠全て切迫早産になって、
安静と点滴で、産まれてくるのを待ちわびるというのを経験したことない。

今、産まれたら、まだ困る!か、また死んでしまったらどうしよう?
という、ドキドキ・ハラハラの心境しか知りません。

今回、無事にピコ坊が産まれてきて、今はホッとしていますが、

出産は、緊迫感漂う、緊急帝王切開で全身麻酔でした。

不安な中、手術室に運ばれて、産まれてくる瞬間は分からなかったし、
麻酔から意識がもどったら、朦朧としていて、声がでなくて、
あとは、術後のものすごい痛みがやってきて、
今回初めて、二度と妊娠と出産は懲り懲り!!と心から思いました。

今までの総決算みたいな感動の出産をしたかったつもりが、
出産当日は、肝心の主治医は出張でいないし(!!!)
この先生に当たって欲しくないな~。と思っていた先生が当直医(笑)
手術室に行ったら、チームの先生が勢ぞろいだったんで、すごく安心したけど・・・

とにかく出産シーンがポーンと抜けちゃって、一気に育児に突入した感じです。

なので、出産に関しては、今もあまり話をしたくない・聞きたくないというか、
思い出すのは、自分の辛かった事ばかりなので、
テレビでもそういうシーンが流れると、すぐにチャンネルを変えます。


自分に関してはマイナス面ばかりだけど、、

普通のお産だったら経験できなかった事、出会わなかっただろう人達。
先生や看護師さんにかけてもらった言葉とか、ピコ坊がNICUに入院していた頃。

今となっては、全てが私の中で良い経験・想い出となっています。

そして、ピコ坊を育てているうちに、やっぱり子供がいる生活って面白い。
私を一番生き生きさせてくれるのは、子育てだったんだって気付きました。

眠いよ~。ちょっと休みたいよ~。どうしたらいいんだろう?と大変な事もあるけれど、
あ~、このまま、ずっとずっと、ず~~っと、子育てしていたいなって思います。
できれば、あともう一人、いやあと2人育てたい。

でも無理だろうな~・・・

もうすぐ・・・

もう2月ですね。早いな。
今日は長々書いちゃいます・・・


勇希にぃちゃんの、お誕生日(17日)&命日(19日)が近付いてます。

去年の2月は、妊娠が分かったばかりで安静にしてたし、
今年の8月の航ちゃんと葵ちゃんの命日は、出産で慌ただしくて、、

そんな中、旦那さんが1人で帰省して、
お墓参りと中山寺での供養をしてくれてるけど、

私自身は、同じ時間に黙とうをするぐらいで、
はっきり言って、何もしてあげれてないんですね。

そろそろ帰省して、お墓参りと供養をしたいと思ってたけど、

まだ寒くて、インフルエンザが流行っているし、
この時期の中山寺の御堂とお墓は、めちゃ冷えるんで、
ピコ坊を連れて動くのは心配かな・・・ということで、
もう少し暖かくなる3月頃まで、日をずらすかもしれません。。

あともう1つ、義妹の出産が近付いているのです。
なんで、今、帰省すると、義母さんを忙しくさせちゃうかも?

その義妹の出産予定日というのが、、
なんと、勇希の命日。

実は、義妹夫婦の所も、なかなか子に恵まれなくて、
私がピコ坊を妊娠後、彼女も妊娠したと報告を受けました。

最初にその報告を受けた時、身内と妊娠がかぶってしまったのが、
もしまた自分だけ無事産めなかったらどうしよう、、と、不安がよぎりました。
でも、義妹は大切な家族なので、私は大好きだし、
まるで双子を授かったような嬉しさもありました。

不安になったら、ピコ坊といとこになる子が仲良く遊んでる姿を想像して、
2人とも無事に産まれてくるよう願ってました。

義妹は、時々、お墓参りをしてくれてて、
去年の暮れに、クリスマスのブーツを3つ、お墓にお供えに行った時に、
お腹のベビーの予定日と勇希の命日の19日が、同じ日である事に気付いたそう。

で、義母さんが何故か義妹の出産予定日を17日だと勘違いしてるらしくて、
17日は勇希の誕生日なのに、日付がゴチャゴチャになってるみたい。
お腹の子が勘違いして、本当に17日に産まれたらすごいよね(笑)と、、
2人で冗談で話したんですが。。(^-^)


なんとなく・・・私は、
ピコ坊は航ちゃんで、義妹のところに産まれる赤ちゃんは勇希じゃないかな?
・・・と感じてしまいます。

ピコ坊を妊娠する前は、航ちゃんを妊娠する前と同じ事が起こったり、
切迫早産の状況も一緒。誕生日も近いし、、顔がそっくり!

航ちゃんを死産した頃に、毎日泣いていた時に見た夢で、
私が部屋にポツンと一人でいたら、
4~5歳くらいの男の子が、更に小さな男の子を連れて、
2人で部屋に入ってきて、私をおんぶしようとするので、
「航ちゃん!」と言ったら、
「ママは自分の事ばっかり、考えてる!(怒)」
って怒れてしまいました。
航ちゃんが出てきた夢は、それっきりです(^_^;)

もしかしたら、その時の2人は、航ちゃんと勇希じゃないかなー??

自分の産んだ子たちが、見ず知らずの家庭に生まれ変わるのを喜べるほど
私は心が広くもないんですが、義妹のところだったら、心から嬉しい。

本当に生まれ変わりじゃなかったとしても、
航ちゃんと勇希と同じくらい、きっと縁深い子達だと思います。

きっと、2人で仲良く遊びたくて、親戚でもいいから近くに産まれたくて、
この世にやってくるんじゃないかと、1人で勝手に想像しています。

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プロフィール

こうあおYママ

Author:こうあおYママ
第1子航希(こうき) 
34W IUFDによる死産

第2子葵衣(あおい)
37W IUFDによる死産

第3子勇希(ゆうき)
22W 前期破水・絨毛膜羊膜炎
    早産による新生児死

3人の天使ママです。

2010年8月 不育症を乗り越えて、
元気なBABYに会うことができました☆

第4子 ぴこ坊
31週5日目 緊急帝王切開にて出産。

1か月のNICU入院生活を経て、
現在、元気に成長中。

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